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札幌家庭裁判所室蘭支部 昭和56年(少)321号 決定

少年 R・T(昭三八・一一・一四生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、伊達市○○町××番地の×北海道立○○園○○学園第二寮三号室で生活している同園園生であるが、昭和五六年五月八日早朝、同第二寮三号室で目を覚した際、かねてから好意を抱いていた前記○○学園第二寮の生活指導員A子(当時二二年)が宿直勤務であつたことから、同女の身体に触れてみたいという気持ちを抱き、今の時間ならば前記A子も就寝中であり、他の園生にも気づかれまいと考えて、就寝中の他の園生に気づかれぬように自室を抜け出し、前記第二寮指導員室に行つたところ、予想に反して前記A子がテーブルに向つて座つていたが、同女の身体に触れてみたいという思いを押え切れず、前記指導員室に入り、同女の背後から同女の肩越しに両手をたらして同女の身体に触れたところ、同女は、これに驚き、少年の方に向き直つて、大声で「やめなさい。」と注意した。

少年は、前記A子から大声で注意されるとは思つていなかつたことから同女に対し裏切られた気持ちを抱くとともに、他の園生に自分の行動を知られることを恐れ、前記A子にこれ以上大きな声を出させないようにするため、とつさに前記場所において同女の首を両手で絞めたが、その際、このまま同女の首を絞め続けると死に至ることを予見しながら、それもやむなしと考えて同女の首を絞め続け、よつて即時同所において、同女を窒息により死亡させ、もつて殺害したものである。

(適条) 刑法一九九条

(処遇)

本件は、少年が性的好奇心から他の園生が寝ている早朝、かねてより好意を抱いていた施設の女性生活指導員に対し身体的接触を求めたところ、予想に反し同女から大声でたしなめられたことに動揺し、同女に大声を出されて他の園生に自己の行為を知られることを恐れ、それを阻止すべく前記女性生活指導員の首を絞めて殺害した事案であつて、後述する少年の社会性の未熟さ及び能力の低さから発生した偶発的犯行である。

少年は、鑑別結果通知書によると、WAIS式知能検査では言語性IQ=七六、動作性IQ=六九、会検査IQ=七一であつて、限界域の知能を有しており、精神発達の遅滞が指摘されているものの、精神薄弱とは認められていない。少年は、空想力、抽象力、応用力が劣つているが、同人の供述によると、首を絞めると死に至るということの認識は有しており、死ということに対する抽象的理解は乏しいものの、人が生存できなくなる状態に至るという理解を示していること、さらに本件非行につき悪いことをしたとの意識を有していることが認められ、前述した少年の知能及び少年の施設での生活状況を総合すると、少年は責任能力を有しているとみるのが相当である。しかしながら、少年は、鑑別結果通知書及び少年調査記録が指摘するように、知能指数の高さに比べて生活能力がかなり劣つており、この点は、次に述べる少年の処遇を考えるにあたり、十分考慮する必要がある。

そこで、以下少年の処遇につき判断する。

少年は、昭和三八年一一月一四日出生したが、昭和四一年同人の父親が失踪(右父親は、昭和五〇年六月二一日死亡した。)したため、以後おじの援助のもと、母親と生活を始めた(右母親は、現在行方不明。)が、同女は少年の生活に無頓着で少年を放置して遊び回つていたため、みかねた親戚が児童相談所に通告し、少年は、昭和四六年四月一日、養護施設○○寮に入所し、同寮から○○小学校(特殊学級)を卒業し、○○中学校(特殊学級)に入学したが、登下校時に市内を徘徊する等の問題行動があらわれたため、昭和五二年四月三〇日から、精薄施設北海道立○○園に入園した者であつて、施設生活が長く、両親から放任されていたため、社会性がすこぶる未熟であり、生活能力がかなり劣つている。

少年は、内気で自己の感情を素直に表現できない性格であり、前記社会性の未熟さと相まつて人間関係の交流が拙劣であり、このため施設の生活指導員に対しても他の園生のように自由に接しられなかつたところ、自己の感情を押え切れず、日頃から好意を抱いていた女性生活指導員に対し、早朝身体的接触を求めるような逸脱行動に出たものであり、その際同女にさわがれたため動揺のうちに、本件犯行を敢行したものであると思料される。

少年は、本件に関し反省の情を抱いていることは窺われるものの、前述した少年の社会性の未熟さ、知能の低さ等から、十分に事件の重大性の認識、事件についての内省がなされていないので、少年を施設に収容して右の点につき十分指導を施すとともに、本件非行の背景には、前述した少年の人間関係の交流の拙劣さがあるので、少年に対し感情を素直に表現できるよう指導し、かつ、同年齢の者と親しい関係が保てるよう訓練することが肝要である。

したがつて、前記目的を達成するために少年を中等少年院に送致して、相当長期間にわたり、個別的指導を施すことが必要であるところ、前述のとおり、少年は、限界域の知能を有しているものの、実際の生活能方はかなり劣つており、その面では精神薄弱に準じた処遇をすることが相当であると思料されるので、精神薄弱に準じた特殊教育が行われている神奈川医療少年院に送致するのが相当であると思料する。

なお、少年は、父親が既に死亡し、母親が現在行方不明であつて、家族による援助は望めない状況にあるところ、少年の最終的目標である社会復帰の実現のためには、少年院仮退院後の少年の環境調整等も重要課題であると思料されるので、関係行政機関との協力を期待するものである。

よつて、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 滝澤雄次)

少年調査票〈省略〉

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